一般人ではない人同士の結婚とおけパさんとコンパクトにまとまった本の話

有名人、と言うか「一般の方」ではない人同士が結婚した場合、二人の「格」が違う場合に「どうして●●さんが□□なんかと?」「どう考えても釣り合わない」みたいに言われる風景をよく見ます。
その度に「その人にとってのお相手の価値はその人が決めるものだし、そもそも交際・結婚における『釣り合う、釣り合わない』ってなんだ…? 勝負事の対戦相手とかなら余りにも実力差がある場合に『釣り合わない』のはわかるけど、仕事における市場価値とパートナーシップにおける相手の価値って同じ尺度では無くないか…?」みたいな感情が湧くんですよね。
私がそれぞれの人をどう思うかは私の勝手だし、まぁその二人の組み合わせに対してどういう感想を抱くかも勝手と言えば勝手なのだろうけど本人達からしたら大きなお世話以外の何物でもないだろうし、「私は全く知らない、その人達同士の間に流れるもの」を知っているからこそその方々はパートナーであることを決断したのだろうから、そう思えるお相手に出会えて良かったですね、以外の何物でもないはずなのだが、カップルを見ると思わず何か言いたくなってしまうあの気持ちって何なんでしょうね。かくいう私も、身近な両方を知っている人間同士がくっついたと聞くと(特に片方のことは好きで片方のことは好きではない場合)「なんでや…」と、つい言ってしまうんですけどね。ははは…

【同人女①】秀才字書きと天才字書きの話 | 真田
巷を賑わせているこちらの漫画ですが、私も面白く、そして興味深く読みました。
そしておけけパワー中島さん(以下おけパさん)がここまで色々な人の心を揺らしていることには割とびっくりしました。あ、多くの人が心を揺さぶられたのってそこだったんだ!?みたいな。私もおけパさんの描写にももちろん色々思い出したり考えたりしたところはあったのですが、多分一番の揺さぶられポイントではなかったので、世の反応との違いに単純に「へ~」と思った、ということなのですが。
原作漫画の中ではおけパさんは詳しい描写は無いですが、多分「綾城さんよりは売れてはいないけど」本は出している、みたいなポジションの方なんだろうなと。そして綾城さんとおけパさんのやりとりを見る七瀬さんや友川さん(もしくは読み専さん)みたいな視点で気持ちを揺さぶられている方が多いのかな…とTwitterなどを見て思い。

そして、さっきのようなことを思い出したんですよね。同人界においても、「釣り合わない現象」って発生するよな~って。
正直自分にもそういうのを感じて恐縮して話しかけられない、みたいな感情はあります(感想は送れる)。でもそれって本当はおかしいよなぁ、と思う気持ちもあるのです。
別に話しかける/かけられるどちらの場合でも「人気のある創作ができること」と「その相手が自分にとって会話をしたくなる人間かどうか」は(利害関係を求める場合でなければ)関係が無いですし、「初対面の人に急に馴れ馴れしく接すると驚かれることは多い」ということはあれど、節度を持って話しかけてくれる人に対して不快感を抱く人間はあまりいないのではないかなぁと。
そう考えるともっと気軽に話しかけてもいいのかな?とも思うのですが、特に電子の世界だと表情も見えない分なかなか難しいですね…

そんなことを思って、とりあえず私は自分のスタンスを明確にしておこ~と思い、サイトのaboutの部分やTwitterのヘッダーの文章を少し変えてみました。私はお互いの考えていることについて言葉を交わしあうことが好きなので気軽に話しかけてほしいタイプです。

いまからまんがを作ります。
ところで先程の漫画を描いた真田さんが出しているこの本、すごくコンパクトにまとまっていてわかりやすかったです。
「お話を書いてみたいけど書き方が全然わからない… でもHOW TO本を読むのはハードルが高い…」という方の入門書としてピッタリだと思います。小説書きさんにもおすすめです。DLしてすぐ読めますので、よろしければ是非。

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二次元と三次元が明確に別れていないタイプのオタク

よくゲームや漫画が非難されると「現実と非現実は違うってわかってるし。完全に別物だから関係ない」みたいな意見ってかならずあるけど、私は「そうなのかなぁ」といつも思っている。もちろん明確にわかっている人もいるだろうけど、わかっていない人もいると思う。
それに、「違いはわかっていたとしても影響は受ける、作品に引っ張られる」ということは割とよくあることだと思う。
(私は「違いはある程度わかっているのかもしれないけれど、影響はめちゃくちゃ受けるタイプ」だと自分では思っています)

二次元オタクって好きなコンテンツについて考えること、特に「関係性」を考えることが好きな人って多いと思うんだけど、そういう人って「現実生活でも、自分と直接的に関わりがある人と人との関係性を考えるのが好きなのかな?」ということに私は興味がある。
私は「関係性厨」である自覚があるし、それはどの場面でも大抵発動するので普段の生活でも人々の関係性を眺めるのが好きだ。
でもやっぱり、三次元での知りあいに対する「関係性厨ぶり」とかテンションは、二次元キャラに対するそれとは違う部分も多い気がする。

二次元の人間て、原作者から公開された部分以外は「正解」が(認知できる範囲では)無い。
でも、三次元の人間て「正解」というか、「その人が通ってきた歴史」って一つしかないし、「この人があの人とこんな関係になったらいいのにな」なんていう滅茶苦茶念の籠ったお気持ちを本人にぶつけたら迷惑以外の何物でもない。
二次元は良くも悪くも「存在しない」方なので、ありがたく重いお気持ちしたためさせていただきます…みたいな気持ちになって、ぶわ~っと自由に妄想が広がるのかなぁと思った。私の場合は。

「自分の理想を投影しやすいから」という部分もあるのかな。現実の人間には、妄想とは言え自分の理想を押しつけるのはなんとなくもやりとするところがあるし…

何の話をしたいのかよくわかなくなってきた。一番言いたかったのは「二次元の関係性を考えるのが好きな人は、自分と日常的に関わりのある三次元の人間同士にも、二次元の人間に対してと同じかそれ以上に興味ってあるのかな?」ってことです。あなたはどうですか?って聞いてまわりたいよ。

私は二次元と三次元の世界を明確に分離させて考える事ができない人間だから、「二次元・三次元を問わず人間の関係性というものに興味がある」んですが(別に愛だ恋だ要素には限らない)、「あなたは三次元の人間関係にも興味がありますか?」と聞いたら「は?あるわけないでしょ? 二次元と三次元一緒にしないでくれます? それって全く別の話だと思うんですけど」っていう人もいると思うんですけど、「全く別の話」だとは思えない私からすると、「本当に別なもんなんですか。なんでそんなに『別』だと思えるものなのか、そこのところ詳しく教えていただけませんか」」と、話を聞いてまわりたいんですよね。どうやって切り替えているものなんだろ。
もともとそういう人なのか、途中からそうしようと試みてそのようになったのか。その辺も気になる。そんな話も、いつか誰かとできたらいいなぁ。

そしてこんなまとまりのない文章でも自由に気兼ねなく載せられる、HPっていいな。

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生きてる相手に自分の気持ちを伝えられる手段があるってありがたいことだよ

ひとりの長文感想マンに推しカプ界隈を支配された話

この記事を受けて感じたことなどを書きます。

記事の書き手さんは起こった事象を「支配された」と表現したけど、人によっては違う単語を使うんだろうなぁと思った。

私は普段から人に対して「あなたのこと/作品が好きです」「あなた(の作品)と接することでこんな感情を抱きました」みたいなことを音声や文字を通じて伝えたい方で、ネット経由で感想を送るし、イベント会場だと声をかけたり手紙を渡したりする方です。会社とか、日常生活でも何らかの手段で伝えるタイプ。

こういうことをしていると、たまに「すごいですね / 偉いですね」みたいなことを言ってもらえることがあるんだけど、私自身は自分のことを「感情を発散させずにいられない、それを『我慢する』機能が弱い人間だ」と思っているので、特に「すごい」みたいには思わないんですよね。結果、喜んでもらえることもあるからありがたいんですけど、「喜んでほしくて言ってる」んじゃなくて、「我慢できないから」言っているんです、根本は。

ちなみに私は感想を書く時に「自分の解釈が合っているか」「作者の意図が読み取れているか」を気にしたことがない。と言うか、たまに流れてくるお気持ち長文的なものを読むまで、そういう概念の存在すら知らなかった。感想って、ただ「私はこう感じました」「作品を読んでこんなことを考えました」っていうのを書くものだと思っていた…

私は感想をもらう側でもあるけれど、もらう時も「この人、私と解釈が一致してるのかしら?意図は読み取ってくれてる??」という視点では読んだことが無い。解釈が一致してたり私の思っていた意図で伝わると「一緒~!」とか「伝わった!」とは思うけど、違う解釈だったり違う意図に取られたとしても「へ~、あの話をそういう風に感じる人もいるんだな~、発見!」と思うだけで、どんな感想ももれなく嬉しくありがたいなと感じる。
私が一番知りたいのは「その話を通じてその人にどんな感情が湧いたのか・どんなことを考えたのか」「どういう経緯でそこに至ったのか」ということであり、その内容の種類は問わないのである。
極端な話、私がABだと思って書いた話に「私にはBAのように感じられました」という感想をもらっても、私は「へ~、そうなんだなぁ!」という感じで、嫌な気持ちにはならない。むしろどの辺からBAを感じたのかがすごく気になる。そこんとこ詳しく。

私が嫌だと感じる感想があるとしたら、「私はABが嫌いなので書かないで下さい!」とか「●●な話を書くべきだと思います!」みたいな「あなたは私が思うとおりに生きるべき系」の感想だ。まぁもらったところで「うるせー知るか!!!!この世は各々が好きなように生きるんじゃい!!!」なのでその影響で書かなくなったりすることは全くないが、「そもそもこの人なんで私にこれ送ってきたのかなぁ。と言うかこういうの送りつけてきちゃう人って普段はどんな生活してるんだろ。楽しく生きられてるのかなぁ。今日、なんか特別嫌なことでもあってストレスぶつけちゃったのかなぁ」とかは考えてしまう気がする(結局あまり嫌だとは感じないのかもしれない…?)。

念のため言っておくのですけれども、「今回のお話、とっても好きだったのでまたこういうお話読めたら嬉しいです!」はめちゃくちゃ嬉しいです。「ねばならない」じゃない、「だったらいいな」は全然嬉しい。
そして私はどんなに特定の作品や作風を褒めてもらったとしても、行動原理が「今この瞬間に自分がやりたいことをやる」なので、褒めてもらったものと自分のその時やりたいことが一致しなかったら、そういう作品は書かないと思う。。申し訳ない。。。
でも「こういう感想送ったらこういう作品書かなきゃってプレッシャーになっちゃうかな?」みたいな配慮は0で大丈夫なんで、思ったことを思った時に、好きなように好きな形でどしどしお寄せ下さい。どんなに昔の本の感想を、何年後にもらったとしても私はめちゃくちゃ嬉しいです。

個人的にはTwitterやpixivで作品を「浪費」してしまうことが申し訳なくて、本当はいいなぁと思った物には一つ一つ「素敵ですね」と言葉かけをさせてほしい。むしろ普段のツイートにも「いいですね」「わかります」「あなたとはこのことについて一度話をしてみたいです」等々色々なことを思うけれど、本当にそうしていたら気味悪がられてしまうので、頑張って自重しています。
RTした後にはなるべく「どういう気持ちが湧いたからRTしました」的な言葉は残すようにしてるけど。私もRT後検索が好きなので。

私は作品の感想は基本的には記名でその人にしか読まれない形で送ることが多いのだけれど、記名をするのは認知されたいというよりも「身元を明らかにしておきます。不審人物ではありません」という証明と、「個人の人格として認知はされなくてもいいけど、同一人物からの感想であるということだけはお伝えしておきたい」的な感じで記名をしています。あと、やっぱり感想をもらう側としたら返信したいな~と思うこともあるかと思うので、念のためそう思ってもらった時用の連絡手段…みたいな気持ち。
私は、時には感想を送ることで認知されたら嬉しいな、とかお返事がもらえたら嬉しいな、と思わないこともないですけど(凡俗なので「そんな気持ちなんて全くありません!0パーセントです!」とは言わない。でも、そういう気持ちは本当に僅かだと思う)、基本感想は「感想を伝えたいと思うような作品に出会えたことに感謝」であり「書いてくれた方が存命で、その人に気持ちを伝えられることに感謝」なので反応は気にせずに書いています。ほんと、ご本人に気持ちを伝えられるって、ありがたいよね…

お手紙書くの大好きマンだから、またのんびりイベントに参加できるようになったら好きなサークルさんにお手紙直接渡したいなぁ。
もらうのも書くのも、同じぐらい大好きなんだよなぁ。

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我ながら無茶な話をしているなぁと思うという話

もっとたくさんの人に自分の本を手にしてもらえたらいいのにな、と思うことはよくある。
これは「むちゃくちゃ売れたい」という訳では無くて(むちゃくちゃ売れたら売れたでとても嬉しいんだろうとは思うけれど、「手にしてもらえたらいいのにな」の気持ちの内訳を円グラフで表すとしたら、一番多い割合を占めるのは「むちゃくちゃ売れたい」ではない、という感じ)、「もし、もっと多くの人が自分の人を知る機会があれば、その中には『こういう本、好きだな、ほしいな』と思ってくれる人は今以上にいると思う。そういう人に、この本が届けばいいのにな」という気持ちなのだと思う。必要なものに必要なものが届けばいいのに的な考え方。
(ちなみに私は日常でもこういう感じの考え方を持っていて、「たくさんの人に知ってもらえた方が、自分を好いてくれる人・自分と気が合う人に出会う確率が増える。少なくとも自分でコツコツ捜しに行くよりは手っ取り早い」と思っているので、人前で何かをするのは好きなのである。)

「それなら同人誌の形で出すよりpixivに載せた方がたくさん読んでもらえるよ」というのはごもっともな意見なのだが、私が一番読んでもらいたい媒体が「お金を支払ってもらった結果読んでもらえる、紙媒体の同人誌」なので、こればかりは仕方がないのである。
いや、思うんですよね。同人誌中心に活動するにしろ、多分今の女性向けジャンルの小説という形で創作をするなら、pixivでそこそこ作品を発表して足場を固めて?から同人誌を出した方が、本は手に取ってもらいやすいんだろうなということは…
私は前情報抜きで本を読むのが好きだから好きな人の本はほぼ無条件で買うし、初めての方の本もサンプルを極力見ないで買うのが好きだけど、多分こういう人間は割と少数派で「一度無料提供のものを食べてみてからお金を支払いたい」ものなんだろうなと…
そうとは思いつつも、本という媒体が好きで、いいネタが思いついたら極力同人誌の形にしたいなぁと思ってしまうので、宣伝も兼ねられるような作品をpixivに上げられないんだよなぁ…我ながらもうちょっとその辺のバランスどうにかならないのかい?と思うんですけど…

奏薫もニキ燐も、pixivに一つも奏薫/ニキ燐作品を上げていないので、その界隈での知名度も無ければ「この人がこのカプでどういう作風なのかわからん…」状態なので全然「本を手に取ってもらいやすい」環境が整えられてないんだよな…
なのに本を出したいパッションだけは強すぎていきなり本の形で出しちゃうんだからあんた、「たくさんの人に手に取ってほしい」って言っても無茶があるよっていう…まぁでも多分このスタイル、あんまり変わらないとは思うんですけど…

みか宗も知り合いゼロで飛び込んで、pixivフルで読める話は一つしかないのに、それでも細々と本を出し続けていたら手に取って下さる方が活動当初に比べたらとても増えたので、奏薫もニキ燐も、これからも本を出して今より手に取ってもらえる数が増えるといいなぁ~と思う。私の本の需要、めちゃくちゃ多くはないけど、一定層にはある気がするんだよなぁ~(ハイパーポジティブ)

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寮生活や小集団の中で過ごすことについての浪漫

寮生活や小集団(アイドルグループ的な、共通点のある人間で括られた小集団)の中で過ごした経験の有る・無しで、それに対する浪漫の度合いは変わってくるのだろうか、とふと思った。
まぁ人によるか、と思ったけれどそう言ってしまっては身も蓋もないので、自分自身はどうかなぁ、と思った。

私自身は、これまでに寮生活も小集団の中で過ごした経験もある。
なんとなく、フィクションの世界だと寮が同じだったり小集団が形成されると、そこに所属する全ての人間同士に関係性の矢印が発生するような気がしやすいのかな、と思う。まぁそういう風に妄想した方が楽しいですし。

でも実際は、寮で同室になった人間同士が特に仲が深まらないとかザラにあるし(別にそれが悪いことだとも全く思わないし)、どんなに小さな集団だったとしても関係性が発生しないということもよくあるんだよなぁ。
(ここまで書いてみて、「家族」という小規模な単位でも別に関係性が発生しないなんてことはよくあるのだから、もっと規模が大きくなったらますます何も発生しなくなる可能性は上がるに決まっているのに今更何を書いているんだろうな、という気もしてきた)

2人部屋の寮に住んでいたとき、仲の良い親友~みたいな部屋もあったし、それぞれが気遣いあって暮らしてるな~みたいな部屋もあったけど、私の部屋は「お互いに好きなように暮らしている部屋」だった。今思えばすごい気楽な部屋だったなと思う。相手の子が私の特性を見てそれに合わせてくれていたのかもしれないけど。
すごく気楽な部屋だったし、あの部屋だったらまた住んでもいいなとは思えるけど、だからと言ってその相手のことが大好きだったのかと言われればそれは「別に」なんだよなぁ。別に嫌いだった訳でもないけれど。普通。と言うか何とも思っていなかった。
「別に好きな相手というわけではなかったけれど、『独身者同士が共同生活をするにあたっての相手』としては、良き同居人だった」みたいな感じ…

ズ!!の寮の話をしたかったってことなんですけど(そうなんです)、「仲良し~!」みたいな部屋もあれば、別に仲が悪いわけではないけど特に仲が良いという訳でも無い、でも居心地は悪くない部屋、みたいな部屋もあるんだろうなぁ、と思った。

まぁ、私の特に好きな二人のうちの二組は、寮以外の場所で既に同居経験があるんですがね…ほんとすごいよな…

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創作メモ:ニキ燐 ワンライ「笑顔」

この画像、読めるのかな?新しいタブで画像を開いてもらって拡大してもらえればいける???
とりあえず、前からちょっとやってみたかった試みなので、このお話の創作メモ的な物を置いてみました。
お題が「笑顔」だったので、笑顔になる、ならない… 笑顔になる場所/場面ってどこだろ?なんだろ? 燐音くん/ニキくん、どっちの笑顔なんだろ…?? みたいなところから話をふくらませた気がします。
途中に突如出てくる絵のようなものは、「燐音くんがニキ君へのオムライスに『ごめん(的な絵?)』て書く」みたいなのも可愛いなと思ったんですが、今の所、私の中の天城燐音くんはそういうことをしてくれそうになかったので泣く泣く却下しました。いつかどこかで書くかもしれない。オムライスに絵をかく男は、可愛いので…
あとはワンライということであまり推敲することなく、とにかくてんてんてんと書いていった感じです。私の文章が、ただ何の捻りも無いものだということが改めて明らかになってしまう…どうにかしたい…

ワンライは楽しいし皆さんの作品を見れるのも嬉しいからまた参加したい。
けど、どちらかと言えばワンライみたいな書き方は私は元々苦手な方では無いので、それよりももう少し時間をかけて書く書き方を練習したいな~~~~~

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はじめに

「マイホーム」がほしくて、久々にHPを作ってみました。

それこそ一番初めにHPを作ったのはもう25年ぐらい前で、インターネットの走りの頃に、ちまちまちまちまhtmlでテーブルタグを手打ちして…みたいなHPを作っていました。実名で…まだ個人のサイトなんて全然無い、おおらかな時代だったんや…

その後、さすがに実名は辞めて同人サイトを作り、ゆるゆると、10年ぐらい前までは何らかの形で運営していたのですが、それもフェードアウトし…(ネットの海の中にその残骸はありますが…)

Twitter大好き人間なのでTwitterライフは日々楽しんでおりますし、Pixivも手軽で便利なのでありがたく活用させていただいているのですが、オフライン情報を自分の好きなようにまとめたり、ちょっと長めの文章(創作物、というよりは自分の気持ちの吐き出)をまとめておく場所がほしいな~と思って、サイトを作ってみました。

なので、今まで/これからの創作物もいずれここに収録出来たらな、とは思うのですが、それよりは日々のオタク活動の中で考えたこととか、そういった話が中心のHPになると思います。そういうのが、好き!なので…

いやー、作ってみると改めてHPっていいですね!
「郊外に広めの戸建てを買って、庭も外観も内装も好きにDIYしながら住んでる。早朝でも深夜でも楽器鳴らし放題!」なイメージ。
Twitterやpixivという「おそと」で色々あっても、HPという「おうち」に帰って来ると部屋着でのんびりごろごろできるような、そんなイメージ。

とりあえず仮のお家を建ててみたので、ここから少しずつカスタムしながらその時一番快適なお家づくりをしていけたらな~と思います。
良かったら、たまに覗きに来て下さい。

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