明晩、ギャラクシー劇場で

いばにゃん→←?じめにゃん前提ですが、じめにゃんから友也くんへの感情もあります。
お好きな方、お楽しみ下さい!!!!

 ステージが暗転し、少しの間を置いて二人の演者が再びゆっくりと舞台の中央へと現れても、すぐに拍手喝采とはならなかった。芝居に不満があった訳ではない。そのあまりの圧倒的な芝居に飲まれてしまい、人々は呆然としていたのだ。
 しかしやがてパラ、パラとそこここから拍手が上がり出すと人々は少しずつ現実に引き戻されてていき、拍手はやがて小川が大河になるがごとく劇場中を余すことなく呑み込んでいった。体中の感動の気持ちが収まらなくなった最初の一人が思わず立ち上がると、これもまた瞬く間に広がっていった。立ち上がった人々の顔に浮かぶのは興奮であり呆然、満足であり喪失、涙であり蒼白であった。
 しかし客席で一人、立ち上がることはおろか拍手すらろくにできず、手を合わせたままじっと前の席の背を見つめ続ける人物がいた。周りの拍手や板の上から聞こえる感謝の言葉がその耳には入っているのかいないのか、その表情は全く動くことがなかった。
 何度かのカーテンコールを繰り返し、公演終了と規制退場のアナウンスが流れると人々は再び席に着いた。しかし彼の人物周りの人々は速やかに立ち上がると席を離れていく。関係者席と呼ばれるそのゾーンにはテレビで見るような顔もちらほらと座っていて、客席達もチラチラとそちらを見ながら興味ありげに何事かをつぶやいていた。
 自分もこのタイミングで立ち去らねばならないことを思い出し、彼--紫之創もなんとか立ち上がると出口に向かい、そのまま脇の道を通って楽屋口へと足を向けた。
 舞台裏は終わったばかりの興奮と片付けを急ぐ人々でごったがえしており、特に二つの楽屋前--真白友也と、そして日々樹渉の楽屋前は挨拶の順番を待つ人達が既に並んでいた。
 友也の部屋の列に並び周りの喧噪にぼぉっと身を委ねながら、一体何を話したらいいだろう、創は働かない頭をなんとか動かそうとした。昔はもっと気軽に面白かったとか感動したとかかっこよかったとか、そういうことを気軽に伝えられたのに。いつからか友也が出る--友也が渉と一緒に出る舞台の時は、伝える言葉を選ぶようになってしまった。それに今日は。
「じゃあ真白さん、また。すみません、お待たせしました」
 気が付けば前に並んでいた人達が部屋から出てきて、いよいよ創の番になった。
「友也くん、おつかれさまです。お客さん、大入りでしたね」
「ああ、創。忙しいのにありがとな」
 タオルを首にかけ椅子に座り、それでも営業用の笑顔を纏っていた友也は、入ってきたのが創だとわかるとふぅ、と息をもらした。それと同時に営業用の笑顔が魔法が解けるように消えた気がして、創は嬉しかった。
 だけれど、今日はそのあとの台詞が上手く言葉が出てこない。
「いえ、むしろ今日舞台を見るのを楽しみに最近頑張ってたので」
 なんとか絞り出した言葉は、それはある意味本当で、ある意味嘘だった。友也の舞台を見に行くことは創にとって何よりの喜びだったし、だけれどもそれだけではない体の奥の方がぎゅうとなる体験なのだ。
「にーちゃんや光くんは明日見に来るって言ってましたよ」
「そっか。明日も頑張らないとな」
 そう言って笑うと、友也は疲れた~!と言って椅子にぐでりともたれかかった。出会った頃と変わらない、その幼い表情は今でも創が大好きなものだ。
「……どうでしたか、日々樹先輩との初めての二人舞台」
 本当はそんなこと聞きたくなかった。でも、「昔からずっと傍で友也くんを見てきた親友」がそれを聞かないのはおかしなことだと思ったから言葉にしたのだけれども。言ってから、やっぱり言わなければよかったと創は思った。幼い表情の中から出てきた青年の瞳の先にはもはや今そこにいる創の姿は一ミリも映っておらず、白藍色の長髪しか見えていないのだ。
「うん、どうなんだろう、まだよくわかんないけど……」
 そうつぶやくと、友也はまた意識の向こうに戻って行ってしまった。いつだってそうなのだ。あの、突然彼の目の前に現れた「お姫さま」は、創の目の前で彼を一瞬で虜にして以来、彼の心を揺さぶり続けているのだ。
「ごめんなさい、他にも挨拶の人待ってましたし友也くんが疲れちゃいますから、今日はこれで失礼しますね。千秋楽まで頑張って下さい」
 その空間にいることが耐えられなくなってきた創は、なんとかそれだけ言うとノブに手をかけた。
「ああうん、ほんとありがとな。次はレコーディング現場かな、会うの」
「そうですね。それじゃあ、また」
 精一杯の笑顔でさよならを言い、部屋を出る。次に待っていた人に会釈をすると、創は足早に楽屋口に向かった。小雨が降り始めていたが、あいにく今日は傘を持ち合わせていない。だけどそんなことはどうでも良かった。ファンに会わないように、頭を冷やすために、一つ隣の駅まで歩いて帰ろう。そう思って創が夜の街を歩き始めると、音も静かに一台の車が少し前に止まった。少し距離を取って通り去ろうとするとその窓が開き
「兎さん、夜道は危ないので乗っていきませんか?」
 左ハンドルの運転席から蒲葡色がにこやかに顔を出してきた。
「……夜道より、ヘビさんの方が危ないんじゃないですか?」
 そう言いながらも助手席側の後部座席に創が乗り込むと、茨はゆっくりと車を滑らせる。
「お腹は空いておりますか? 和食、中華、イタリアン、どれでも最上級の物をご用意できますよ」
「それは大丈夫なので、ごめんなさい、ちょっとだけ」
 そう言うと創は手のひらで顔を覆いそのまま顔を伏せた。ゆっくりと、深呼吸。さらにゆっくりと、深呼吸をしていたところで。
「もう高速に乗りますので。歩行者に見られることもないと思いますよ」
 そう茨が声をかけると、後部座席の呼吸が乱れ、う、ひっくと、引きつるような音に代わっていった。
「なんで、ぼく、先に」
「でも、友也くん、しあわせを」
 そんな言葉をこぼしながら創は音にならない音を上げながら涙をこぼした。茨から投げられたハンカチにじわじわとその染みが広がっていったが、それは止めることができなかった。
「なんでぼく、『素敵な舞台でしたね』って言ってあげられなかったんでしょうか」
 そうつぶやいた言葉はきっと茨にも届いていたはずだったが、茨はその顔を一度も後ろには向けなかった。
 やがて落ち着いた創が顔を上げると
「おや、すっかり兎さんらしくなって」
 バックミラー越しに真っ赤な目を認めた茨は、そう言ってようやく創に声をかけた。
「いばにゃん、なんであそこにいたんですか?」
 いつもより少しだけハスキーになった声で創がそう聞くと
「『攻めるなら、相手が弱っている時が最も効果的』、戦略の基本中の基本ではありませんか?」
 一瞬だけ創を振り返りならが茨が答える。
「うう……いばにゃんて、本当にずるいです。ぼく、その優しさに甘えたくなっちゃうじゃないですか」
「じめにゃん、そうは言っても実際全然自分になびいてくれないじゃないですか。そろそろいい加減効き始めてほしいんですけどねぇ。それとも」
 高速道路の脇に並ぶ、明るいネオンの建物を指さし
「たまには強硬手段に出た方がむしろ事の進みは早いのでしょうか? そのような方法はじめにゃんには逆効果かと思い控えていたのですが」
 なんてまぁ、冗談ですよと言って茨は笑たのだが。
「……もしかしたら、そうかもしれませんよ?」
 ミラーの向こうのそう言った創が、窓の外に顔を向けながらじっと視線だけをこちらに送ってきたので、茨は危うく横の車線に車をはみ出させてしまうところだった。
 夜の高速道路を、高級車は静かに進んでいった。その車がどこに向かってどこに止まるのか、それはまだ二人のどちらにもわからなかった。

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