ニキ燐 はにちゅ再録「キスしてほしい」

 ちょっと未来の、また二人暮らしをしている二人のお話です

今日の夕飯は親子丼。燐音くんリクエストの、「卵がふわふわしてないやつ」。オムライスもそうだけど必ずしも「ふわとろ」が一番美味しいという訳じゃなくて、しっかり火を通した物にはそれでしか味わえない美味しさがある。
 テレビには今度僕らがユニットで出演することが決まったバラエティ番組が流れている。燐音くんはこう見えて割と真面目なタイプで、事前に下準備をしっかりする方だ。食べ物が出てこない番組には未だに興味の湧かない僕だが、燐音くんのお陰でなんとなく芸能界も渡り歩けてしまっている。
 今日のゲストは僕でも顔は見たことがあるぐらい有名な若手の女優さんだ。どうやら月末から始まる映画の宣伝で出ているらしく、画面には予告編と思われる映像が流れ出す。若手俳優との恋愛ものらしく、怒った顔をした彼女が相手の胸元をぐいと掴んで強引にキスをしたところで映像が終わりスタジオに映像が戻る。「いや~、最後のシーン、ドキドキしちゃいますね!」と司会に話を振られた彼女は「頑張りました」と言って照れたように笑っていた。
 付け合わせの大根サラダを黙々と食べている燐音くんを見ながら、僕はふと(そう言えば、燐音くんからキスしてくれたことってないかも。別にいいっちゃいいですけど……たまには燐音くんからしてくれてもいいんじゃないすかね)と思った。
 なんだかんだでキスを許されるようになってからしばらく経つけれど、いつも「したい」の合図は僕からだ。拒まれている訳では無いし、キスをした後は嬉しそうにしているから燐音くんもしたいと思ってくれているんだろうとは思うけど、たまには求められてもみたいじゃないか。
 とは言っても、ストレートに「キスしてほしいんすけど」と言ってもはぐらかされそうだなぁと僕は思った。燐音くん、人前では必要以上に斜に構えたり軽薄みたいに振る舞うことが多いけど、これで案外照れ屋なとこあるし。だからこそまぁアレなんですけど。
 そんな事を思いながら僕がたくあんを齧りつつじっと見つめていると、その視線に気づいた燐音くんは親子丼を食べていた手を止め
「んだよ、これは俺の分だからやらねェぞ。おかわりなら鍋の中にまだあるって自分で言ってただろ」
 と言って僕の物より二回りは小さい丼を持ちなおした。いやまぁ欲しいのはそれじゃないんすけどね、と思いながらも空になった丼を持って席を立ち炊飯器から米をよそうと、鍋に残っていた具を景気良くその上に盛り付けた。
 改めて自分はどういう時に燐音くんにキスしたくなるのかなと考えてみたけど別にあんまり「これ」っていうのはなくて、日常の中でなんとなくしたくなってするって感じで。いやでもそれじゃあどうしたら燐音くんに「キスしたい」って思ってもらえるのかわからないしと思って足りない脳みそでもう一度一生懸命考えて直してみると、強いて言えば「かわいいな」って思ったときなのかな、ということに気がついた。
 向こうからキスしてくれたことが無いということは、燐音くんから見て僕はかわいくないということだろうか。まぁ、可愛くはないか。そこそこでかくて食べ物のことしか考えてないし、と思ったけど燐音くんは僕より大きいしギャンブル好きのクズ野郎なんだよなぁ。なのにかわいく見えるって、一体どういうことだ? バカな僕にはそこにどういう理論が成り立つのかがちっともわからない。
 かわいいって思ってもらうにはどうしたらいいんだろう。そう思いながら席に戻ると番組は視聴者投稿のコーナーにうつっており、生まれたばかりの子猫が二匹、じゃれあっているところだった。これは文句なしに可愛い。それにほら、猫耳っていうのは「萌えアイテム」の代表だっていうじゃないか。よく知らないけど。
「ニキ、麦茶くれよ」
 そう言ってきた燐音くんに、僕の脇にあったピッチャーを渡す。その後もチラチラと燐音くんを見る僕に
「なんだ、ニキもいるのかよ」
 と言ってきた燐音くんに首を振り、僕はおもむろに
「……にゃん?」
 と言って首を傾げて「猫の手」ポーズをしてみた。それを見て、麦茶を飲みかけていた燐音くんは慌てて手で口を押えたが「ぶふっ」と「げほっ」と「がはっ」が合わさったようなものすごい音がして咳き込みだしたので僕は思わず
「わぁっ!!」
と言いながら自分の丼を高いところにひょいと持ち上げた。
「……んだよ今の、麦茶吹きだすとこだったじゃねぇか! っつーか自分の飯だけ死守すんなよ!!」
「いや、ご飯を粗末にしちゃいけないですし。っていうか、ん~、可愛いかな~とか思ってやってみたんすけど……どうでした?」
 と言って僕が自信無さげに聞くと、燐音くんは一瞬驚いたような顔をしてからやがてじわじわとこみ上げるように体を震わせ、しまいにはぶわははと大笑いをしだした。
「なんだよそれ、全然かわいくねェしなんで急にかわい子ぶりっ子しようと思ったんだよ。ニキってほんっと訳がわかんねェな」
 だから一緒にいて面白れェんだけどよ、って言って可笑しそうに笑う燐音くんを見ていたらなんだか胸がいっぱいになってきてしまって、僕は腰を浮かせるとグイと燐音くんに近付いた。
「は、今度はなんだよ。可愛いはどうしたんだよ……」
 今まで笑っていたのに、僕が頬に手を添えた途端に目を伏せてはにかむその姿がやっぱり可愛くて、結局今日もまた僕からキスをすることになってしまった。
 今日のところは作戦失敗。でもまた今度、挑戦するっす。そう思いながら僕は、甘じょっぱい味のする唇にもう一度ゆっくりと口付けた。

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