一緒に住み始めて少しした頃のお話です。
春白についてはこちらにまとまっています。
麗蘭は自分から何をしたいとかどこへ行きたいと言う事がほとんど無かった。今は以前のように羽振りがいい訳でも無いしあまり無茶を言われても難しいのだが、もともと由紀夫は好きな女の望むことは何でも叶えてやりたい質である。もう少しぐらいわがままを言ってくれてもいいのにとは思うが、慎ましすぎるぐらいに慎ましやかなところが麗蘭の魅力であることも確かだった。
そんな麗蘭が、たまに行きたいと切り出す場所がある。それがホームセンターだった。由紀夫からするとそんな場所、改めて行きたいのだがと伺いを立てるような所でも無いだろうとは思うのだが、麗蘭からすると「ちょっと遠い」「春日さんは興味が無さそう」、何より「自転車で出かけるの、本当は恥ずかしいんじゃないか」というのを気にしているらしかった。なんせ、今の由紀夫達には車が無いのだ。交通手段と言えば徒歩か電車か、自転車しかない。正直言って、格好良くないとは思う。ママチャリという訳では無いが、いわゆるお洒落な自転車でも何でもないのだ。それでも今の自分達の暮らしにはこれが精いっぱいだったし、二人で天気の良い休みの日に自転車に乗って出かけるのはそう悪くないとは思っていた。だから昨晩、「あの、できたら明日、ホームセンターに一緒に行ってもらってもいいですか?」と聞かれた時も、由紀夫は二つ返事でイエスと答えたのだ。
「ふふ、なんだかテンションが上がりますね」
カートを押しながら店に入った彼女は傍から見たらテンションが高いようには見えないだろうが、いつも彼女を見ている由紀夫からすればウキウキが身体から溢れているのがわかった。正直由紀夫にはホームセンターの浪漫とやらがまだよくわからなかったが、彼女曰く「たくさんの日用品や便利なものがずら~っと並んでいるところ」がとても楽しいらしい。
とは言っても、彼女は特に無駄な物を買う訳でも無かった。ちょっと寄り道してもいいですか?と言ってインテリアやペットのコーナーを覗くこともあったが、特に何かを買う訳でも無く「見ているだけでも楽しいので」ということだった。たまに買う趣味の品と言えば、ベランダで育てている野菜の種や苗ぐらいだ。
由紀夫は、自分でもなんでわざわざ休みの日にこんなところについて来ているんだろうなと思うこともあった。それでも実際楽しそうな麗蘭の後ろをついて歩いているだけでも由紀夫は楽しかったし、「春日さんが来てくれたので色々まとめて買えて助かりました」と言われると、店中の物だって運びきってやるという謎の気概が湧いてくるのだった。
そう言えばもうすぐ洗顔が切れるということに気がついた由紀夫は、先を歩いていた麗蘭に声をかけた。ならちょっとこの辺の物を見ていてもいいですか、と言う彼女から重くなってきたカートを受け取ると、一旦脇の通路に入り男性用の洗顔料のコーナーへと立ち寄る。特にこだわりがある訳でもなかったので、いつも使っているものをどうせだからと二つカートに入れると、麗蘭の姿を探した。すると、少し先の特設コーナーの所に背の高い後ろ姿が見える。どうやら少し古い型の家電を特売しているらしく、麗蘭の視線の先には「これ一台で何でも楽しめる!万能プレート!!」というポップのついたホットプレートの箱が積まれていた。
じっとそれを見ていた麗蘭だったが、由紀夫が戻ってきた事に気がつくと何事もなかったかのように
「いつものやつありましたか?じゃあそろそろお会計にしましょうか」
と歩き出したので、由紀夫は黙ってプレートの箱をカートに突っ込んだ。
「えっ」
驚いた麗蘭が由紀夫の方を見ると、由紀夫は顔色一つ変えずに
「いや、見てたから買うのかと思って」
と言葉を返した。すると麗蘭は困ったように首を振って
「うちのキッチン収納、そんなに大きくないじゃないですか。場所を取っちゃいますよ」
と買わない理由を並べた。
「別に俺たち食器もそんなある訳じゃないし、このぐらいはまだスペースあるだろ。あんまり使わないなら棚の上の方にでもしまっときゃいいし」
「でも……絶対なきゃいけないってものでも無いですし、プレートでやるような料理は大抵フライパンでもできますし」
そう言って、麗蘭は体の前で手を合わせると、ぐっと押したり指と指を擦り合わせたりした。細く長い指は、アイドル時代に比べてかさついているように見えた。
「欲しいんじゃないのか」
「あったらいいなぁとは、ちょっとだけ思いましたけど……」
段々声が小さくなって言ってしまう麗蘭に、由紀夫もそれ以上は何も言えなくなってしまった。麗蘭は普段、物も欲しがらない。それは単純に物欲が人より薄いというのもあるのだろうがおそらく由紀夫に対して遠慮している部分も多く、それは由紀夫にとっては自分の甲斐性の無さとまだそこまで心を開いてくれていないのかという両方の意味で、なかなか堪えるものがあった。しかし、こういうことは強要するものでも無い。そう思った由紀夫が、残念だがプレートを棚に戻そうとカートの中の箱に手をかけようとした、その時だった。
「あっ」
小さく声を上げた麗蘭と、振り返った由紀夫の目がぱちりと合う。伺うように由紀夫が言葉を待っていると
「……やっぱり」
そう言って麗蘭は少しだけ由紀夫に近付き、申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうに囁いた。
「春日さんと一緒におうちでホットプレートしたいので、買ってもいいですか?」
そんな風に麗蘭から言われて、断る理由などこの世にある訳が無かった。由紀夫は黙って箱から手を離すと、そのままレジに向かってカートを押した。
「たこ焼きもできるみたいですよ。春日さん、最初に何やりたいですか?」
隣りでそう言ってはにかむ麗蘭を見て、本当はその場で抱きしめたいのを由紀夫は必至で我慢した。
結局最初はオーソドックスなおうち焼き肉をすことにしようと決め、途中でスーパーに寄って食材も買ってから二人はアパートに帰宅した。
「嬉しくって食材、買いすぎちゃいましたね」
そう言いながら狭いキッチンに麗蘭が材料を並べていく。そこにいてもただただ邪魔になりそうだったので、由紀夫はプレートをテーブルに並べると黙って風呂を洗いに行った。風呂場から出てももう少し時間がかかりそうだったので、取りこんでおいた洗濯物を畳む。以前よりは畳むのも上手くなったとは思うが、麗蘭のように綺麗にタオルを畳むのはまだまだ難しかった。
「準備できましたよ。お風呂と洗濯物ありがとうございます、助かっちゃいました」
そう言って麗蘭が卓についたので、由紀夫も黙って席についた。胡座で座った卓の上には温まったプレートに牛脂が引かれていく。
「春日さん、このお肉焼いて下さい。私は野菜をやりますので」
そう言って渡された肉を鉄板の上に敷いていくと、ジュウといい音がして辺りに肉の匂いが立ち込め出す。
「換気扇も回してますけど匂いついちゃいそうですし、少しベランダ開けましょうか」
そう言って麗蘭は席を立つとカラカラとベランダを開けた。カーテンと麗蘭のスカートの裾がふわりとたなびき、外の空気が部屋の中をやわらかに通り抜けていった。
「いただきます」
二人でそう言って手を合わせると、焼けていった肉を由紀夫はビールと、麗蘭は野菜と一緒に静かに味わう。肉と野菜と少しの酒と、そして目の前に美味しそうにそれを頬張る好きな女がいる光景に、由紀夫はこれ以上の幸せはそうそう無いなと思った。少し前まではもっといい肉や酒を口にしていたしそれらは確かに旨かったが、ここ十数年、由紀夫が一番味わいたかったのはこういうなんでもない味と、安らぎだった。
「少しだけ、もらってもいいですか?」
と言って麗蘭が小さなグラスを由紀夫に差し出す。今日は家だしこれに一杯ぐらいなら大丈夫だろうと、由紀夫はビールの缶をそちらに傾けた。麗蘭は酒に強い方では無かったし、人に迷惑をかけるタイプの酔い方をする人間ではなかった……が、ある意味由紀夫は大いに困らせられてはいた。酔うと、その白い肌にうっすらと朱が差し、いつもより少しだけ潤んだ目でじいっと見つめてくるのだ。
「……なんだ」
早くも酔いはじめた麗蘭のあまりの熱視線に耐えかね、思わず由紀夫がそう言うと
「ふふふ、ね、春日さん。クイズ、しませんか?」
と言って麗蘭は少しだけ首を傾けた。
「クイズ?」
「第一問。こうやっておうち焼き肉するのもいいなって思うんですけど、私、ホットプレートを買ったらやってみたいなって思ってたものがあるんです。それは何だと思いますか?」
突然始まったクイズタイムに由紀夫は困惑した。しかしエアマイクを向けられたので
「わからん」
と答えると
「え~、そんなのダメです。もっとちゃんと考えて下さいよぉ」
と、いつもより少し舌ったらずな口調で言う彼女が可愛くて、思わず緩みそうになる口元を抑えながら
「そうだな、もんじゃ焼き、とか」
と答えると麗蘭はブブー、と言って口元に指でバッテンを作った。
「それも楽しそうですけど、違います。正解、教えてほしいですか?」
そう言って麗蘭がチラチラとこちらを見てきたので由紀夫が思わず頷くと、麗蘭は満足したように頷き返した。
「正解はぁ、クレープです」
そう言って麗蘭はパチパチと手を叩いた。クレープ、と聞いて由紀夫はその昔よく見かけた丸い鉄板を思い浮かべたが、よく考えれば丸型でなくてもあの生地は焼ける訳だし確かにフライパンより大きな生地が焼けそうだ。そう思いながら由紀夫が黙っていると、麗蘭はちびちびとビールを飲みながら言葉を続けた。
「クレープ、好きなんですけどなんとなく『可愛い女の子の食べ物』って気がしちゃって……恥ずかしくって外で食べるの苦手なんですよね」
それを聞いて由紀夫は、この世にはクレープに素直に飛びつける女子とそうではない女子がいることを改めて認識した。そして、目の前にいるのはどう考えても「可愛い女の子」だと思ったので
「れいが食えないなら、この世の女は誰もクレープが食えないことになるな」
と、率直な気持ちを口にした。その言葉に麗蘭はしばらくきょとんとしていたが
「もー、春日さんて真面目な顔してたまにそういうこと言いますよね」
と言って笑って誤魔化そうとした。しかしじっと由紀夫が自分を見続けるので
「……もー、ほんとに……」
と言って恥ずかしそうに俯きながら、左手で前髪を後ろに流した。
「卵とかツナとか甘くないクレープもできるんで、春日さんでも食べられますよ」
そう言って麗蘭がなんとか雰囲気を変えようと必死になっているのを見れば見るほど、由紀夫にとってはその姿が愛おしくってたまらなかった。
「レタスやニンジンとか多めに入れて、サラダみたいにも……」
その台詞を、麗蘭は最後まで言うことができなかった。いつの間にか隣に来ていた由紀夫が、麗蘭の薄い唇に付いた油を武骨な親指でゆっくりと拭い去ったからだ。
「れい」
そう低い声でささやかれては、麗蘭はとても目を開けてなどいられなかった。あと何回したら慣れる事ができるんだろう、と思いながら目を瞑ると、仄かに香る煙草の匂いがやがてゆっくりと麗蘭に重なった。
以下、春白固定過激派の方は見ない方が良いやつです。
学生時代の春日さんへの理解を深めるためには絶対に知る必要がある元カノちゃんのイラストをさおやんさんに依頼したんですが、初めて見た時のダメージがでかすぎて「私…春白相手固定過激派だったんだ…」ということに気がつきました…そして立ち直れなさすぎて残業終わりに夜な夜な上記の話を書きました…だって今すぐイチャイチャ春白を摂取しないと死んでしまいそうだったから…
描いてくれたさおやんさんも描いておきながらダメージを受け、二人で「やっぱりうちらは春白固定だね!!」という想いを確認しあったのでした。。。
※本当にあった面白い話です
