春白(と言うか白田さん) 私のお気に入り

白田さんが春日さんと出会う前の1月のお話です。二人が出会うのは、この年の10月のお話です。
春白についてはこちらにまとまっています。

「白田さん遅くなっちゃってごめんね、やっとお客さん落ち着いてきたし休憩入りなよ」
 手際よく日替わりランチのハンバーグを焼きながら、バイトチーフの女性が麗蘭に声をかける。時計を見れば元々言われていた休憩時間をだいぶ過ぎてしまっていたが、そんなことに気がつかないぐらい今日の店は賑やかに装った若者達で賑わい、注文が絶えなかった。
「成人の日の込み具合って、年によってばらつきがあるのよね。去年はあんまり来なくて、一昨年はやっぱり今日みたいに混んで。何年働いててもわかんないもんだわこれは」
 開店当初から働いているという女性はそうこぼしながらも決して手を休めることはなく、隙間の時間で次のオーダーで使う食材を足元の冷蔵庫から取り出した。
「ありがとうございます。じゃあ、この中身だけ片付けたら」
 そう言って麗蘭が食洗器を開けると中からは勢いよく蒸気が湧きたったが、既にそれに慣れた麗蘭は蒸気の当たらない位置に立つと、洗いたての熱さを物ともせずに次々と食器を所定の位置へと戻していった。
 東京へ出てきて早数カ月、多少の貯蓄はしてきたものの地下アイドルをやっていただけでは収入などあればいい方と言ったところで、麗蘭には「時間を問わず、シフトの融通が利く」仕事を並行して行っていく必要があった。
他のアイドル達の中には少しでも名前を売る意味でもコンセプトカフェや少し際どいような「アルバイト」をする子もいなくはなかったが、元々人と接するのが得意という訳でも無い麗蘭にとってはアイドル以外の場面でも接客の仕事をするというのは気が重かった。しかし地元で行っていたような工場の仕事をしていたのではせっかく頑張って上京したというのにあまりにも変われていなさすぎて、何となく自分的に落ち込んでしまう。
その気持ちとの折衷案であり、中卒でも雇ってもらえるアルバイトというのが「ファミレスのキッチン」であった。幼い頃から料理はしていたし、女性にしては背も体力も比較的ある方だったし、早朝の時間帯から入れば酔っ払いの対応をしなくても良い。とは言え給料は決して高くはないしもっと違うバイトの方がいいのではないかと自分でも思うのだが、今の麗蘭にはこれが精いっぱいだった。
「すみません、それじゃあ休憩いただきます」
 皿を片付け終えた麗蘭はそう言うと、キッチンを出て女子ロッカー室に向かう。割引価格でまかないを食べることもできるのだが割とすぐに飽きてしまったし、正直今はその値段ですら少しでも切り詰めたかったので最近は夜の残りを詰めた弁当とインスタントの味噌汁を持参している。ドリンクバーから飲み物を1杯とお湯は無料でもらっていいことになっていたので休憩室に弁当を置いたあと、なるべく客がいないタイミングを見計らってドリンクバーコーナーへ行って白湯とほうじ茶をもらう。店内には華やかな晴れ着を着た少女達とスーツや羽織を着た少年の集団がそこここにいて、皆楽しそうに会話を楽しんでいた。そんな彼らに目を合わせないように、足早に休憩室へと戻る。
「いただきます」
 さっきまで人がいたのかまだ少しだけ温かさの残る部屋に、紙コップに溶かした味噌の香りがじんわりと広がる。昆布のおにぎりと昨日の残りの野菜の肉巻きをタッパーに詰めただけの簡素な弁当だったが、自分の好きな味付けが口の中に広がっていくのは幸せな一時だった。
(この前のライブであんまり揃ってなかったとこの振り、今日はちゃんと揃えられるといいんだけどな……)
 スマホでスタッフが撮っておいてくれたライブ動画を見返そうとイヤホンを付けたところにガチャリとドアが開いて
「あれ、白田さんも今休憩?」
 そう言って人が入ってきたので麗蘭は慌ててイヤホンをはずし、スマホの画面を消した。
「店長、お疲れさまです」
 そう頭を下げると、麗蘭は黙っておにぎりを食べ続けた。男は長テーブルの斜め向かいに座ると持参した大きめの弁当箱を広げ、スマホを眺めながら口の中へと白米を放りこんでいく。人に見られるかもしれない状況の中で動画を見返すのがなんとなく憚られた麗蘭は、特に興味もないネットニュースのページをぼんやりとスクロールした。
「白田さん、今日休みじゃなくてほんとに大丈夫だったの。二十歳だし、成人式だったんじゃないの」
 一つ目のおにぎりを食べ終わった辺りで、男が唐突にそう話しかけてきた。来年で三十になるという男は大卒で社員として採用され、この店は店長として二店舗目らしいと他のバイト達からは聞いていた。去年結婚してつい先日女の子が生まれたらしく、嬉しそうに写真を見せてくれたこともあった。
「雪の多いとこだと夏にやるとかも聞くけどさ。白田さん確か栃木とかその辺だったでしょ」
「あんまりそういうのは興味が無くて。着物とかも似合わないですし、別に参加しなくてもいいかなって」
 栃木じゃなくて茨城です、と思いながら答えると男がこちらをじっと見ているのに気付いて、麗蘭は黙って目を伏せみそ汁を啜った。
「そうかなぁ。白田さん色白で黒髪だし、着物とか似合うと思うけど」
 その言葉が、絡みつくように麗蘭の身体を伝っていく。気のせいかもしれないが、普段はフロアを主に仕切っているこの男が、少し前から麗蘭が一人で休憩室にいる時に限って同じ時間に休憩を取ってきているような気がしてならなかった。そしてあからさまに露骨な発言や行動を取って来る訳では無かったが、なんとなく麗蘭に探りを入れるような、その身体を値踏みをするような目で見ているような、そんな気がしてならないのだ。
 自意識過剰かもしれないとは自分でも思っていた。麗蘭よりも少しだけ年上らしい、前の店のバイト店員だったという奥さんの作った可愛らしい弁当を見ているとそう思ったし、そう思いたかった。日ごとに大きくなる娘を自慢する男性達は全て良き父、良き夫であってほしかった。しかし、世の中そんな男性ばかりでないことは誰よりも麗蘭が一番良く知っていた。
 毎年この時期になると、母は忌々しそうな顔をしながら成人式のニュースを見つめていた。
「こんな子達よりあたしの方がよっぽど綺麗だったのに。母さんが恥ずかしいから式になんて行くな、お前は振袖なんて着られるような立場じゃないだろって……」
 母は二十歳を過ぎてから自分で写真館に行って撮ったという写真を持っていて、それはお世辞ではなく下手な芸能人よりよっぽど綺麗だったから、幼い頃の麗蘭はこんな写真が残せたならそれでいいじゃないかと思っていた。だけれどもいざ自分がその時の母の歳になってみると、昔よりはほんの少しだが母の気持ちがわかる気がしてきていた。
「今日はもうすぐ上がりでしょ、良かったら夕方飲みにでも行かない? 成人のお祝いに奢るしさ。ああ、他の子にも言うと俺たちも奢れって言うから、みんなには内緒で……」
「すみません、夜は用事があるので」
 食べかけのタッパーの蓋を閉じ、絞り出すようにそれだけ言うと、麗蘭は休憩室を後にした。青白い顔のまま女子ロッカー室に駆け込みその場にしゃがみ込むと胃の中から食べた物が逆流しそうになったが、口を押えてそれを抑え込む。中学を出て働くようになってからたまに声をかけてくる大人はいたが、なぜかそれは皆既婚者や子持ちの男性ばかりであった。
(どうしてみんな、大切な人がいるはずなのにあんなことが言えるんだろう)
 そう思うと共に、自分は誰かの「一番」としては選ばれない、そういう扱いがちょうどいい人間なんだと改めて評価されているようでなんだか無性に笑いだしたくもなった。
 その時だった、スマホが小さく震え、アイドルアカウントのSNSに通知が入っているのを光で知らせてくる。ロックを外し、アプリを立ち上げると今日のライブ告知をしたツイートに数件のリプライがついているのがわかった。
「れいちゃん、成人おめでとう!」
「成人の日当日にライブあるの嬉しい!楽しみにしてるよ~」
「れいちゃんは好きなお酒とかあるの?今日のMCで聞けるといいな(^o^)」
 それは、社交辞令かもしれなかった。他の数多くいるアイドルにも送っている中の一つのメッセージにすぎないこともわかっていたし、彼・彼女らの中にだって邪な気持ちを持っているものがいないとは決して言えなかった。
 それでも今の麗蘭にとって、自ら選びとった立場である「アイドルとしてのれい」を肯定してくれる言葉は、微かではあるがそこに存在する確かな光であった。成人を喜んでくれる家族も絢爛豪華な振袖も無い彼女にとっては、地下のライトの元で揺れるフォレストグリーンのフリルが唯一の今の一張羅なのだ。
「……よし」
 そう言うと、狭いロッカールームの中で麗蘭は振りをもう一度身体の中に叩き込んだ。手を伸ばしたその先には、自分を正しく求めてくれる誰かがいてくれるような気がしていた。

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