私は元々自己肯定感が高い方だと自覚しているし、自分が書く話も好きです。
書いている最中は「えっ…これ面白い…? ていうか話として成立してる…???」と迷走するけれど、本になったものを読み返すと「えっこの話めちゃくちゃ面白いって言うか好みなんだけど誰が書いたの…!?……俺か……」みたいに思うことがしょっちゅうあります。
もちろん至らない部分は山ほどあるけれども、それを差し引いても私は自分の書く話がすごく好きだし、それは昔から変わらない、おめでたい人間です。
それはさておき、私は同人歴は長いけれども売れっ子だった時代は一度も無いんです。謙遜ではなく事実として、本当に無い。
しかしながら、手に取って下さる方は確実にいるんですよね。そして、いわゆる「作家買い」して下さる方や、単純に私という人間を好いて下さってイベントの時にいつも声をかけて下さる方もいらっしゃいますし。これもまた、事実として本当にあるんです。大変にありがたいことだと思います。
ここでも書いたんですけど、私は日常生活においては人目をあまり気にしない方ですし、「気を遣って生きても好きなように生きても好いてくれる・嫌ってくる層が一定層いるなら、好きなように生きよう」「なるべくありのままで生きたい。これは抜き立ての泥付き大根を『食べて下さい!』と出す、という意味ではなく、手入れをした畑で手間暇かけて育てた大根をきちんと洗い、丁寧に調理したふろふき大根として『食べてみていただけますか』とお出ししたい、ということだ」みたいな気持ちで生きていまして。
同人活動においては、「売れっ子ではないけれども、作品を通じて何かが通いあった方々」が一定層いてくれるなぁとも感じているので、満足している部分もあるんですよね。実生活だって、知り合う人の中で、本当に気持ちが通い合う人なんて1%もいない訳ですし。
なんですが、いつも自分の気持ちの中に、漠然と「売れっ子さんっていいな~」みたいな気持ちがずっとあったんですよ。それって何なのかな~?なんでだろう???と、ここのところよく考えていたんですが。
最近になって、「私…モテたかったのかな…?」という結論に達しました。
普段の生活でも、いるじゃないですか。モテる人って。それこそ集団生活が始まる保育園・幼稚園時代からはじまって、社会人になっても「モテる人」って、いるわけですよね。そしてそういう人を見て「いいなぁ~」と思う気持ちがあった時期が私にもあるんですが、ネットや同人活動をしている中でも「全くモテない訳ではないけれど、モテモテ気分を味わったことがない私」は、一度でいいからモテモテ状態を味わってみたかったのかなぁ…と思いました。と言うか、そう考えてみるとすごくしっくり来たんですよね。
と同時に、それがわかったことで逆に「モテたいという自然な気持ちを否定する事はしないけど、今までよりは『モテたい』気持ちが落ち着くかも」とも、思ったんですよ。
なぜかと言うと、実生活を通じて「モテるのは確かに気持ちが良さそうだし楽しそうだけど、モテモテになれなくても自分を好いてくれる人と出会えて、その人達と交流できるのならそれはそれで十分に幸せな人生だ」というのが実感できているので、「モテたらモテたでいいだろうけど、モテないと人生がつまらないという訳ではない」という安心感みたいなものが持てたからかなぁ~と思いました。
まぁ、人生で一度ぐらいモテ期みたいなのも味わってみたいな~とは思いますけどね…ふふふ…庶民の憧れ…
